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関西外国語大学
中谷英明研究室
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成果

これまでの研究成果(平成27年10月1日現在)

十余年前、研究代表者中谷は、パーリ聖典が制作年代が互いに1世紀以上隔たる3層から成ることを発見した【中谷2003】。かつてGeiger【Pali Literatur und Sprache, 1916】が2層に区別したパーリ蔵内仏典の言語は、実際には、その古層(「ガーター言語」の層)中にさらに古い部分があり、3層に区別される。この最古層部分、すなわちSnのAṭṭhaka (=Av)、Pārāyana (=Pv)の両vagga等のI層は、他文献への引用状況、Niddesaの有無という外的状況だけでなく、テキスト内事象によっても他の2層とは明瞭に異なる:語形(複数・主格-āse:多/少)、音韻(car[a]hi, pur[i]sa-:2音節/3音節)、韻律(Anuṣṭubh奇数行末のja律v‐v:多/少)、語意(virāga:嫌悪(>Pāṇini 6.4.91参照)/離欲、khanti-:屈服(Śatapatha Brāhma(=ŚBr)参照)/忍耐)等の相違がある。また多数の重要語彙がII層以降に初出する:saṃsāra, saṃkhāra, saṃgha, arahat, sāvaka等。最大の相違は、一切を認識作用が生成する可変の、個人的なものと見て、不滅の普遍を峻拒するI層の思想的立場である。例えばI層はṚgveda (=ṚV)以来の最高価値、sacca(真理)やsuddhi(清浄)の価値を認めないが、II層以降は認める。しかも、これらI層からII層、III層への言語的及び思想的展開は、後期ヴェーダ期から大叙事詩期初期に至る言語、思想の展開によく合致する。【中谷2014a】

このI層、Avの中の闘諍篇の一節 (Sn 862-874) は、Poussin(Théorie des douze causes, 1913)以来、十二支縁起の原型とされ、従来、「各支ごとの齊合がとれてゐないで、ごたごたと述べられてゐる」【中村元「縁起説の原型」『印仏研』5】と言われてきた。しかし中谷【中谷2011以降の諸論文】によって、これが表1のごとく、人の認識機序の精密かつ体系的な記述であると判明した。

表1
表1

ここには認識作用から生じる自覚的と無自覚的の2系列の諸意識の生成が順次列挙され、各自覚的意識の背後ではそれに対応する無自覚的意識が働くとされている。感覚の背後には快不快が隠され、そこに自我意識が入り込む時、感覚は知覚となる。自我意識は知覚されたものに対する得失感を生じ、その時、知覚は好悪の情となる。個々の機会の得失感が積算された時、判断が形成され、判断が働いた時、個別の好悪の情は一つの情動となる。判断に基づいて目的が立てられ、秘められた目的を実現するべく取るべき行動を思い描く時、情動は想念となる。これは、認識の成立過程の記述であるとともに、乳児以来の人の認識の成長過程とも一致する。

従来この部分の読解が進まなかった理由は、I層とII層間の1世紀以上の間隔に気づかず、I層、とりわけAv(PvはAvより僅かに後代の成立)に限定した理解がなされなかったことによる。例えばdhammaは、Av内に限れば、表1左欄に示したように、行為、想念、情動、好悪・知覚、5感覚を明確に指す用例が確認され、これは<自覚的系列>の諸意識に一致する【中谷2009】。この事からrūpaは5感覚に当たると推定し得る。ただしŚBrの寓話(11, 2, 3, 1-6.)が示唆する如く、rūpaはnāmaを包括する(Sn 873, 874)。また2度出るito-nidāna-のitasは2度とも後出の特定の語を指す。bhava-vibhavaの「得失感」という理解は、それが好悪の情の背後に働くこと、またbhavaの「繁栄」という意味がMānava-Gṛhyasūtraに確認され、動詞bhū-の「栄える」もṚV以来の意味であることに拠る。このように、この一連は、II層以降と切り離し、後期Veda文献と比較して読むことによって、認識メカニズムの体系的な記述と判明した。【中谷2014, 2015】

Av中で渇欲taṇhā、欲求icchā等と等置されるpapañcaはpra-pac-の派生語と推定され【中谷2011】、「心を惑わす無自覚的欲求」という意味で「潜熟力」と訳せよう(prapāka「(疔の)化膿」Suśruta-saṃhitā参照)。希求すべき潜熟力の消尽(nibbāna)は、一気に達成されるものではなく、順次生じ来る潜熟力の払拭に「努め続ける」(これを表す動詞sikkh-はAvのみで頻用される)こと、すなわち意識分析(表1)に依りつつ、こころと行為の自省を継続することがnibbānaなのである。従って自省の継続が作るsaññāは常に可変で個人的なものであり、それが生成する2種の諸意識もそうである。

以上が第1期研究によって明らかとなったAvの認識機序記述の概要である。

他方、この認識機序記述をもとに、仏典を精査した結果、第1期において次の成果を得た。『倶舎論』におけるmanaskāra(室寺義仁)、『三昧王経』におけるsaññā(宮崎泉)、『大般涅槃経』におけるsaññā(佐藤直実)、『牟尼意趣荘厳』中の想蘊とvivādamūla(加納和雄)、ボン教の五蘊説(熊谷誠慈)、ジャイナ古聖典におけるsaññā(山畑倫志)等において新解釈の可能性を指摘した。

今後の課題

今後の課題として現在考えられていることは次の2点である。この課題を達成するにはさらに数年を必要とするであろう。研究班内で検討の結果、第2期「認識機序科研」の申請を行うことで合意を得た。ただし、研究は外部に開かれたものとし、外部からの研究参加を歓迎したい。参加下さる方は中谷まで連絡頂きたい。

(1) Avと後期ヴェーダ文献・ジャイナ教等の古聖典との関係を解明し、Avの認識機序記述の理解をより精緻なものとすること、(2) この認識機序理解を基に、後代の仏教基本教理の理解をより深化させること。

(1) に関しては、ṚV以来の思想的展開(とりわけŚBr, Jaiminīya Upaniṣad Brāhmaṇa, Bṛhad- āraṇyaka Upaniṣad (=BĀU) 等)の中にAvを位置づけつつ、就中Avと親密性の高いYājñavalkya(ŚBr及びBĀU)の思想との関係、及びジャイナ聖典中最古層とされるĀyāraṅga第1章との関係を解明することによってAvの思想の理解に努め、認識機序記述の理解の一層の精密化を図る。

(2) に関しては、Avの認識機序記述の視点から、仏教の基本教理、わけても五蘊・十二処十八界・十二支縁起・四聖諦・空の内容と、それを構成する一々の語句の理解の深化を図る。

活動

第1回研究会

日時 平成25年6月30日(日)午後2時~5時
場所 京都大学文学部1階 第1講義室
発表 中谷英明「認識機序科研の研究目的と研究方法」

第2回研究会

日時 平成25年11月23日(土) 午後1時30分~5時
場所 京都大学総合研究棟2号館1F第8演習室
発表 中谷英明「ブッダの認識機序記述について」
   榎本文雄「輪廻思想と初期仏教」

第3回研究会

日時 平成26年3月16日(日)午後2時~4時30分 
場所 京都大学文学部新館2F 第1演習室
発表 室寺義仁「認識機序についてのアビダルマの教理解釈とヴァスバンドゥの所説」
   中谷英明「闘諍篇の構造について」

第4回研究会

日時 平成26年7月13日(日)午後2時~4時30分  場所 京都大学文学部新館2F 第2演習室
発表 宮崎泉「『三昧王経』にみられる悟りと「想」」
   熊谷誠慈「ボン教文献中の認識機序記述に見られる仏教思想の影響」
   中谷英明「ブッダの認識機序記述と五蘊、十二支縁起」

第5回研究会

日時 平成27年2月22日(日)午後2時~5時
場所 京都大学文学部新館2F第2演習室
発表 加納和雄「Kalahavivādasuttaとその周辺についての覚え書き―近年の写本研究をふまえて―」
   志賀浄邦「ダルマキーティの考える知覚のメカニズム:心作用 (caitta) はいかにして知覚されるか」

第6回研究会

日時 平成27年7月26日(日)午後12時30分~17時30分
場所 京都大学文学部新館1F第1講義室
発表 佐藤直実「大乗『大般涅槃経』迦葉菩薩品に記される「想念」」
   中谷英明「Kalahavivādasutta(Suttanipāta)の認識機序記述の総括」

第7回研究会(予定)

日時 平成28年2月7日(日)
場所 京都大学総合2号館4F会議室
講演 Nalini BALBIR (Université Paris 3),"Philosophical development in the ancient Jaina canon"